Happy choice
 〜はっぴーちょいす〜

★愛と幸せのせんたく

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愛と幸せ

42歳と6ケ月でおばあちゃんに
なりました!初孫ってかわいい〜
〜プロフィール〜
1959年11月4日生まれ A型蠍座♀ 沖縄県在住。
2005年10月に委嘱されたばかりの新米「人権擁護委員」です。
新米だけに、自分が人の役に立てる?どうやったら?と暗中模索の日々。


私は生まれも育ちもうちな〜(沖縄)の超天然な田舎者です。

沖縄のこのローカル感が大好きで、ここから出たいなんて一度も思った事
がありません。

旅行などで素晴らしい土地を訪れ、「いいとこだな〜」って思っても「やっぱ
沖縄!」ってすぐに思います。

「井の中の蛙大海を見ず」ってことになるかもしれません。

それでも最近は、一人で大阪、神戸などに何度か出かけていますし、
2005年の4月には、初めての外国アメリカにも行ってきました。
(全て仕事です)

大海を見るってほどの経験にはならないのかもしれませんが、私は沖縄を
出てしばらくして帰ってくると、あらためて沖縄の良さを実感し、うちな〜んち
ゅ(沖縄人)で良かった♪ってつくづく思うのです。

ところで、井の中の蛙は便利な道具を持っていないから、自分の住む世界
しか見ることができませんでした。

でも、今はこうやってインターネットにより日本中、世界中が繋がっています。

住んでいる場所が「狭い世界」であっても、インターネット環境さえあれば、
リアルタイムで世界の様子や出来事を知り、欲しい情報を手に入れることが
できるようになったんです。

私は、インターネットの経験はまだ浅く、その素晴らしさや可能性について
ほんの一部分しか理解していないと思います。

それでも、こんな私でも「その気にさえなれば」自分の伝えたい事、思いを
世界中に向けて発信できるようになりました。
そんな事が今は当たり前になっているんです。

そう思ったとき、そうだ!!ってひらめいたのが、このホームページをつくる
ことでした。

私には、もちろん大きなことなんて出来ません。

まずは思いついたこと、出来ることからやってみる。

そしてまた、次に何かが思い浮かんだときは、またそれをやればいい!

そんなふうにして、よんな〜よんな〜(ゆっくり、ゆっくり)やっていこうかな
ぁ〜って思っています♪

ちょうどそのようなことを思っているときに、ユニセフからこのような郵便が
届きました。



   ユニセフとは?

   日本ユニセフ協会


   
   
「“何もかも”はできなくとも、“何か”はきっとできる。」

何だか、背中を押された気持ちになりました。



さて、ここからは私と家族の事を少しだけ紹介しますネ!

私が一緒に暮らしている家族はぜんぶで6人です。

夫でしょう、それから3人娘。上から21、19、13です。

上の子はわが道をたくましく生きる国語教師志願の大学生。

三女は末っ子ののんびり甘ったれ。でも割りと活発。小学生で160cmを超
えたバスケ好き。そして、もう一人。かわいい、かわいい初孫のんちゃん。
もうすぐ4歳のこれまた女の子です(^^)
のんちゃんは19歳の次女が15歳のときに産みました。

もうすぐ中学校を卒業っていう彼女が15歳と7ケ月のとき初めて妊娠してい
たことを知って、家族一同ぶっ飛んだ日がありました。

娘が1ケ月くらい腰痛を訴えていました。病院に連れていくほどじゃないって
思ったので放っておきました。私の妹が「背中が痛いから整形外科に行くけ
ど一緒に連れてく?」って言ってくれたので「じゃあ、ヨロシク!」ってな感じ
でお願いました。妹とは職場が一緒です。二人が病院に行って2時間ほど経
ってから会社に電話がありました。

「○○さんのお母さんですか?至急病院に来ていただきたいんですが」

「えっ!何かあったんですか?」

「病院にいらして下さい。直接先生からお話しします。」

私は心臓がバクバクし始めました。娘に何か悪い病気でもみつかったんだ
ろか、、、手術?入院?難病?(どおぉしよーーーー、、、)

病院に着くとすぐに診察室に呼ばれました。
娘の姿はありません。別室で待たせてあるとの事。レントゲン写真を前に難
しそうな顔をしたお医者さんが座っていました。

レントゲン写真に何が写っているのか、、

(やっぱり病気ーーー、、、)

「お母さん、これが娘さんの背骨です、、」

「はい、、、」

「ここに小さな骨が写っているの、わかりますか?」

「はい、、、」

「赤ちゃんです、、、」

「はっ!!!!!」

ぶっ飛びでした。青天の霹靂とはこんな感じ?

でも、何故か、、不思議ですが、信じてもらえないかもしれませんが、その時
は、ほ〜っと「安心」したんです。

その時思ったのは、

病気って言われるよりマシだ、いや、逆に「娘さんは難病です。1ケ月しか
命はありません、、」なんて言われる事に比べればラッキーじゃん!

全く想像もつかなかった事です。いきなり言われてすぐに信じられなかった
だけ、あるいはあまりの衝撃のため脳が制御モードになったせいなのかもし
れません。意外に落ち着いていたんです。私、、、  

そして、いろいろ、いろいろ、いろいろ、いろいろたくさんあって、、

ちょうど3ケ月後の5月21日、娘は母になりました。

なんと、お腹の赤ちゃん、7ケ月だったんですよぉーー
「そんなんなるまで、本当に気付かなかったの?」って声が聞こえてきそう
ですが、、

「はい、、」    母親失格ですよね。

でも、結論から申しますと、、

我が家は、今まで以上に♪HAPPY〜♪になりました!

今もそうですが、この子を中心に我が家は動いてるって感じです。

あの激震の日から僅か1週後には、皆でどんな名前にしようか、、と命名
字典を囲んでワイワイやるような馬鹿一家です。

しばらく立ち直れずに無口になっていたのは主人だけ。
父親だから、しょうがありませんネ!

娘は、親が言うのもなんですが、出来はいいほうだと思います。高校も推
薦で決まってたし、活発で小中ともバスケ部キャプテン。
小学校では児童会会長、中学校でも生徒会役員してました。

先生方からも可愛がられ、それなりに期待もされてました。

そんな子がですから、、私以上に周りの方もびっくりされたことと思います。
でも、みんな、本当に良くしてくれました。

周りの方々の温かい励ましの中、私達家族は嫌な思いひとつせず、今日ま
で過ごせてきました。

他の同級生達が高校へ行っている間、娘は家で育児と勉強です。
8ケ月まで母乳オンリーで育てました。

翌年、受験し直して無事高校生になり、在学中には席次1番とるほどひじょ
ーに頑張っていましたし、専門学校の入学式のときには新入生代表挨拶も
させていただきました。

「親は子育てをしながら、逆に成長させてもらってるんだよ」ってよく言います
よね。娘を見ていると、本当にそう実感します。もちろん私も。

のんちゃんが生まれてから娘は別人のように「しっかり者」になりました。
家事も子育てもバッチリ!です。花嫁修業はもう要りません。

考え方にも芯がとおり、普通の子とはやっぱり違うかも。

あの激震の日「祝福の中で新しい家族を迎えよう」と誓い、後日生まれてく
る子に「申し訳なかった」と思うような事がひとつもないように、妊娠中もその
後も一切隠すことなく堂々と過ごしてきました。

散歩中にお腹の大きな娘を見た同級生のお母さん、赤ちゃんを抱えてスー
パーに買い物しにいった時の皆の反応。はっきり言って面白かったです(^^)

今は「何も心配しないで良かった」「全てを受け入れて本当に良かった」心か
らそう思っています。

さて、あれから月日は結構流れましたが、娘と彼(同級生でした)は、まわり
の期待?を裏切り、のんちゃんのいい親になるべく、日々頑張っています。

全てがHAPPYのまま現在進行形なのです。

二人にないのは「経済力」だけ。
しばらく二人とも学生を続けるので、「自立」はもう少し先
になる見込みですが、それは確実に近づいてきています。

その日が一日でも遅くなる事を願うババなのです♪
 
 
人生に起こることには、きっと何かイミがある。

娘たちのおかげで、ココロからそう思えるような経験をたく
さんしてきました。

どんなことでも「受け入れること」からスタートです。
     愛と幸せのせんたく
     はっぴ〜ちょいす 管理人 のんたま
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